拍手ありがとうございました!


※注意※このお話はオメガバースです。オメガバースについては以下をご確認ください。
わかりやすく説明されています。
https://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=manga&illust_id=41716092

** 宿命の番 −side:α− 3**

  


−俺の友達が凄まじいヤンツンデレの件 番外編−

 

 都築の運命の相手は河井氷空と言う俺たちより1歳年下の少女のような面立ちの、可憐で可愛らしい少年だった。人の悪い都築はわざわざ彼を呼び出したホテルに俺も呼んで、3人で食事をしようとか言い出したんだ。
 魂だとか運命だとか言われる番相手は、双方ともに尋常じゃないヒートを起こしてすぐにでも番おうとすると聞いていたのに、一応予備のためにα用Ω用のマスクはしているものの、都築も氷空も最初に出逢った時よりは幾分か落ち着いているみたいだ。
 とは言え運命の相手なんだ、頬を染める氷空は食事の間、それこそ双眸をハートマークにして都築をチラチラと見ていて、目が合うと途端に嬉しそうにパッと表情を明るくした。
 見ているだけで、ああ彼は恋をしているんだと判る。
 何時も俺には仏頂面しか見せない都築だって、目が合う度にやわらかく微笑んでいて、2人はとてもお似合いで2人だけの世界が確かにそこにはあった。
 だから俺は提供された美味しいはずの料理が、いったい何処に消えてしまったんだろうとか、自分がどうしてここにいなければいけないんだろうとかぼんやり考えながら、ただ淡々と手を動かしていた。
 都築は彼に俺を紹介する時、フェロモンに当てられて抱いたΩで、責任を取るために今度番になることを説明していた。その説明に氷空は少し不愉快そうに眉を顰めて、それからチラッと俺を見たようだった。
 フェロモンで優秀なαを釣った陰険Ωだと思われたんだろう。
 都築もそんな紹介しなくてもよさそうなのに…たぶん、運命として番う相手に俺の存在も説明しようとか思ったんだろうな。なんだ、それ。
 だからって、この場に俺を連れてくることの意味が判らない。
 運命の相手として番うひとを俺にも思い知らせておこうとでも思ったんだろうか…なんだそれ。
 なに言ってんだと食って掛かりたかったけど、αの絶対的な威圧感で「黙れ」と命じられてしまうと、βとΩは問答無用でムッツリと黙り込んでしまう。ましてやαの王様みたいな都築の威圧なモンだから、その時の俺も何時もなら食って掛かるんだけど、沈黙を守って事の成り行きを見守るしかなかった。
 ムカツキを通り越して吐きそうだ。

「でも、僕たちは運命の番なのに、彼とも番うんですか?住むところはどうするんですか」

 彼はすっかり都築と番って結婚し、一緒に生活することを夢見ているようだった。
 それはΩなら誰でも夢見ることで、俺だってもし都築の本当の運命の番だったとしたら、最初はあんな出逢いだったとしても喜んでプロポーズを受け入れていただろう。
 心にしても本能にしても根幹はひとつなのだから、本能が求めると言うことは俺自身が望んでいることだと解釈もできるしね。だから、氷空の気持ちは痛いほどよく判る。
 どれほど俺が邪魔で、そして目障りなのかとか。
 個室での食事を2人だけ楽しんでいるようだったけど、不意にドアが開いて属さんが顔を覗かせると、都築がそれに気付いて立ち上がった。そうすると当然のように氷空も立ち上がったけど、都築から制されると大人しくニッコリと微笑んで腰掛けた。

「すまないが、少し席を外す。2人で楽しんでくれ」

 マスク越しの双眸を細めて相変わらず視姦でもしでかすんじゃないかってぐらい俺をじっくりと見つめてきた都築に、居心地が悪そうに「うん」と俺は頷いてから俯いた。
 どうして自分に声をかけてくれないのかと、氷空が俺をジッと見つめているからだ。

「抑制剤は飲んでいないんですか?」

 不意に剣呑とした口調で訊ねられて、年代物だと言われてもサッパリ味が判らないワインに首を傾げていた俺は、ハッとして目の前の氷空を見た。

「飲んでるけど…」

「ふうん。一葉さんと同じ大学だそうですね」

 当然のように名前呼びで、どうしてだろう?俺はちょっとムッとしてしまった。

「そうだけど」

「一葉さんってあの都築財閥の御曹司なんですってね。国内外に幾つもグループ会社を持つ都築グループの」

「そうだな」

 手にしていたカトラリーを置いて、氷空は俺をジッと見つめてきた。  少女のように可憐であどけないはずの双眸は、まるで大人のように冴え冴えと澄んでいる。

「一葉さんの運命の番は僕です」

 唐突ではあったけれど、氷空はいっそきっぱりと宣言した。

「知ってる。都築がそう言っていた」

「彼はあなたの処女を奪ってしまったから責任を取るって言ってました。でも、あなたはそれで妊娠したワケではないんでしょ?だったら、責任を取って番うなんておかしいと思います」

「…俺もそう思う」

 ワイングラスを持って口を付けながら、俺はそっと瞼を閉じて一気に呷った。  女のΩなら処女膜があるから処女を立証できるけど、男のΩには証拠となる部位がないんだ。だから、氷空が何を言おうとしているのか、その先を聞かなくても判っているから俺は頷いた。

「アイツさ。レイプした慰謝料を寄越せばいいんだよ。それで解決できるのに、番うなんか言うから運命の番を不安にさせるんだ」

 クスクスと笑ったら、氷空は少し嫌そうに眉を顰めたみたいだ。
 氷空には優しい都築を見ているから、レイプという言葉にピンとこないんだろう。
 しかも俺は、まるでΩの成り損ないのようにフェロモンも少ないし、外見も目の前の氷空や他のΩたちみたいに線が細い華奢な造りをしていないしな。  本当に都築が俺を抱いたのか半信半疑ってところなんだろう。
 その視線の意味もよく判ってる。
 こんなΩの成り損ないなのにさ、なんかよく判らないけど、都築って妙に俺に執着していて2日置きぐらいで種付けしようとしてくるんだ。黙ってたら毎日だってしたそうだ。そりゃ、最中はΩなんだから幸せを感じたりもするけど、ホント、毎回どうして俺、都築とセックスしてるんだろうって嫌になってる。

「僕が…慰謝料を出すから別れてくれませんか?」

 不意に意を決したように顔を上げた氷空が言うから、俺はちょっと苦笑しながら年代物だかなんだか判らない残っているワインを勝手にグラスに注いでグッと呷った。
 俺、お酒はそんなに強くないのにさ。

「幾らぐらい出せるの?都築財閥の御曹司様がくれるぐらいの慰謝料じゃないと納得しないよ」

 なんて意地悪を言ってみたら、氷空はキュッと形の良い桜色の唇を噛んだみたいだった。
 そうなんだよなぁ、Ωってだいたいこんな風に綺麗だったり可愛かったり、αに愛されるためだけに存在するような見目麗しい容姿を持っているモンなのに、俺ときたら地味メンだし、少し睫毛が長いのが却ってキモイって言われるぐらいのごくごく普通の、いや普通の下ぐらいの地味な容姿なんだぞ。
 本当はβなんじゃないかって疑った二次性徴検査でも、やっぱりΩだったから絶対そうなんだろうけど、最近、自分はΩから変異したβじゃないかって思ってる。βからΩに転換することは稀にあるらしいけど、Ωからβに転換は聞いたことがないって主治医の先生は笑うんだけど未だに俺は疑っている。

「600万あります。一葉さんにお願いして400万用意してもらって一千万なら納得できるんじゃないですか」

 600万もの貯金とは恐れ入ったけど400万は都築におねだりするのか。
 それだとお前が出すワケじゃないだろって意地悪く笑って言ってやろうかとも思ったけど、都築に愛されて当然だとでも言いたそうな表情と雰囲気、そしてそれは間違いなく河井氷空が持つ権利なんだから意地悪言ったら自分が惨めだと思うからやめた。
 別に惨めになる必要なんて俺にはこれっぽっちもないのにさ。
 だから都築が400万出すよって言うんなら、俺はその申し出を受けようと思う。

「その条件でいいよ。でもお前、よく600万なんて貯金があるな。俺なんかバイトしてても、正直奨学金で大学行くのが精一杯だ」

「…綺麗なことをやってたら貯金なんかできないよ」

 ボソッと吐き捨てるように言った氷空がふいっと視線を逸らしたから、ああコイツ、Ω専用の風俗で働いていたんだなと気がついた。
 中学と高校はすげえ田舎だったからそんな話は出なかったし、何より家族が俺を猫可愛がりに可愛がってくれていたから、貧しくても風俗で働くことはなかったけど、都会の大学に進学して上京したときに同じようなΩからバイトとして誘われたことがある。
 正直、とても魅力的なバイト料だったし、首輪をしてヒートのαの相手をちょこっとすればいいだけって話だったから、家族に内緒で体験入店してみようと思っていた当日に、俺はなぜか空き教室にパスケースを落としていたらしくて、教えてくれたβの友人に礼を言って取りに行ったのが間違いだったんだよな。
 パスケースを探していたら、噛んで欲しくてわざと発情期であることを黙っていたΩから逃げてきていた都築がいて、俺を見るなりヒートを起こしたんだけど…今考えてみると、アレって発情期を隠していたΩのフェロモンに当てられただけだったんじゃねえのか?
 まあ、その都築のおかげでヒート中のαがどれほど凶暴で恐ろしいか身をもって体験したので、Ω専用風俗のお誘いはキッパリと断った。

「別に俺は、風俗で仕事をしていてもいいと思うぞ」

 俺がそう言ったら氷空はキュッと噛んでいた唇から力を抜くと、嬉しそうな、勝ち誇ったような満面の笑みを浮かべて言ったんだ。

「でも、もう僕は風俗嬢じゃないんだ。明日から都築氷空になるんだよ」

 都築が今夜番ってくれて、早ければ明日にも入籍の手続きをしてくれるんだと嬉しそうに話す氷空を見て、俺はそんなこと絶対に思わないと決めていたのに、すごく羨ましいと感じていた。
 別に都築と番って結婚…てことに羨ましさを感じたんじゃないぞ?ただ、俺にも運命の番はいるんだろうか…とかそんな、出来損ないのΩらしい羨ましさってヤツだ。運命の番が居てくれるのなら、だったら、やっぱり俺は都築とは番いたくない。

「その首輪、噛み付き防止の首輪だね。すごく高価なヤツだ」

 無意識に触れていたチタン製の首輪をジッと見ていた氷空が、クスッと笑って言ったから俺は頷いた。

「俺がΩだって判ったときに、両親が奮発して買ってくれたんだよ」

「一葉さんには他に番がいないんでしょ?だったら僕の一葉さんが噛む最初の相手が君じゃなくて僕でよかった。その首輪のおかげだね」

 そうだ。この首輪のおかげで、あの日俺は都築と番わずに事なきを得た。
 ヒート中のαの犬歯は強固で、ダイアモンドみたいに硬くなるらしく、少々の首輪だと噛み千切られてしまうこともあるって言うから、親父は俺にチタン製の首輪を買ってくれたんだ。都築もガチガチ噛んでいたけど、事が終わった時には無傷の首輪と少し怪我をしている程度の項を残念そうに見ていたっけ。  それからずっと、都築は事ある毎に俺の首輪をチョイチョイ触っては溜め息を吐いている。
 コレは絶対に外さない。コイツはある意味での俺のお守りなんだ…だから、都築の前では絶対に外さないって決めてる。

「そうだな。あの日、この首輪が護ってくれたから、俺にも運命の番と番えるチャンスがあるんだ」

「え?」

「心配するなよ。どうして都築が俺をここに連れてきたのか知らないけど、俺は都築と番う気はない。魂の伴侶がいるのにそんなヤツの番なんて真っ平だ。俺も運命の番を捜すから…」

「本当に?!それじゃあ…」

 不意に立ち上がってパアッと嬉しそうな氷空を見上げながら、やっぱり魂の伴侶に別の番がくっ付いてるなんて嫌だよなぁと納得して薄らと笑っていたら、いきなり個室のドアが開いてズカズカと都築が入ってきた。入って来て、都築は氷空に向かってニコッと微笑んだ。

「お待たせ。準備が整ったから部屋に行こうか?」

「はい!」

 嬉しそうに差し出されたその腕に飛びついて、氷空は他のセフレがそうしていたように、その逞しい腕をぎゅうっと抱き締めてすりすりと頭を擦り付けていた。
 フェロモンがパッと舞って、2人だけが理解できる不思議な絆で見詰め合っている。
 俺は胸が少し辛くてソッと目線を下げると、無意識で首輪に触れていた。
 不安なことや怖いこと、寂しさや切なさを感じたとき、俺は子どもの頃から無意識に首輪を触る癖があった。そうすると、何故か落ち着けたから…でも、今は少し無理みたい。

「お前は属が用意している別の部屋があるからそこで休め。いいか、絶対に帰るなよ」

 俯いている俺に都築が傲岸不遜に言いやがるから、反発して家に帰ってやろうと思ったけど、属さんが用意したと言うことは属さんが居るってことだから、どうやら自主帰宅は無理そうだ。
 色素の薄い琥珀色の双眸を獰猛そうに細めた都築は、なんとなくだけど少し機嫌が悪いみたいだ。本当は俺のことなんか放っておいて、目の前に居る運命の伴侶とイチャイチャしたいんだろう…ん?だったら最初から俺を呼ばなきゃいいんじゃないのか??

「返事はどうした」

「ああ、判った」

 慌てて頷くと、もう都築は俺なんか眼中にないように氷空の頭に唇を寄せて何か囁くと、氷空は照れ臭そうに頬を染めて、それでも嬉しそうに都築を見上げている。仲睦まじい2人に当てられるのも癪だから、俺はワインで少し酔った足取りでよろよろと廊下に出た。すると都築付きの興梠さんが待っていて、相変わらず胡散臭い満面の笑みで用意されている部屋に案内してくれた。
 想像以上に広い部屋はジュニアスイートって種類らしく、今夜都築が花嫁として迎える氷空は最高級のスイートで極上の男に抱かれて眠るんだろう。

「やめたやめた。ヘンなこと考えるのはよそう。俺もいつか絶対、優しい運命のαを見つけてやる。それで…幸せな結婚とか……赤い屋根に白い壁の小さな家で…子どももたくさん…優しい旦那様と……むにゃ」

 会話がもたなくてグイグイ呑んでしまったワインのせいで強かに酔っ払った俺は、都築と氷空のことは頭の外に追いやって、優しい見たこともない運命のαと笑いあって子どもをあやす幸福な夢をみた。
 その相手のαが、ほんの少し都築に似ていたのは、気のせいだったに違いない。

□ ■ □ ■ □

 「魂の番なんかクソ食らえだ!」

 ぐっすり眠っていたところに派手な音をさせた都築が乗り込んでくると、寝惚け眼でギョッとしている俺のベッドを軋ませて傍らに滑り込んできた。
 上半身裸で下半身も適度に乱れている、たった今まで誰かを抱いていた風情の都築を胡乱な目付きで睨みつつ、何事かと首を傾げて口を開こうとした矢先に、興奮冷めやらない都築が俺をギュッと抱き締めて頬にすりすりすりすりと頬を擦り付けてきた。一体どうしたって言うんだ、気持ち悪い。

「ほら、篠原!オレは運命に打ち勝ったぞッ。約束どおり、オレの運命の番はお前だけになった。これでいいんだろ?オレと番って結婚して、子どもを最低5人は生んでくれるんだろ。でも、子どもはお前の体調で人数を決めよう。次の発情期はいつだ?」

 嬉しくって仕方ないって感じの都築の発言に、俺はポカンッとして目の前のイケメン御曹司を見つめていた。
 何言ってんだ、コイツ。
 何が起こっているのか、いまいち状況が飲み込めないんだけどさ。

「都築?何を言ってるんだ。今夜、お前はスイートで氷空を…」

 運命の相手を永遠の伴侶にしたんじゃないのか?
 と言うか、なぜお前はこんなところにいるんだ??
 何が何だか判らないし、酔っぱらった寝起きの脳みそじゃ思考回路も動作しない。そうなれば叩き起こした張本人に聞くしかないだろ。

「氷空?ああ、アイツの名前か。たった今、オレの運命の番とやらは別のαの番になったぞ。番ってのはすげえな!あれだけ逆らえない忌々しいフェロモンを撒き散らしていたくせに、他のαに噛まれた途端、何も感じなくなるんだ。アイツの発情を促すのにセックスしてる時はオレもヒートを起こしちまってやばかったけどさ、結局は運命だの魂だの言ってても、物理的に遮断してしまえばそこまでの希薄な関係なんだよ。やっぱりオレの思ったとおりの結果だった!…そうだ、安心しろよ。中出しはしてないからな。オレの子種は全部お前のものだからさ。これでもう、オレの運命の番はお前だけだ。さあ、気兼ねなく番って結婚しようぜ!」

「お、お前…何を言ってんだ。自分の運命の番を他のαに番わせたのか??!」

「だからそう言ってるだろ?」

 都築は俺があまりに動揺しているから訝しそうに眉根を寄せて、それでも不思議そうにきょとんとしてやがる。
 みんなが、αもΩも必然的に求めている運命の番…中には運命の番以外の相手に惚れている連中もいて、そう言う人たちには厄介でしかない運命ではあるけれど、そんなのはごく一部の一握りのひとたちで、大概のαやΩは運命の相手を待ち望んでいる。
 本能で理解し合えるたった独りの相手なのだから…

「お前、お前なんてことをッ」

「…なぜそんなに怒ってるんだ?オレはお前がいればそれでいい。運命の番はお前だけだ」

 ふと、都築の色素の薄い琥珀色の双眸が細められた。少し苛立っているんだろうけど、予想の斜め上以上の場所を突っ走ってる都築に、俺はなんて言えばよかったんだ。
 「なんだ、お前が喜ぶと思ったのにその反応かよ」「でもまあオレはやっとお前が手に入るからいいんだけど」とかとか、都築は俺の頭や頬をすりすりしながら唇を尖らせて何を言ってるのか判らないことをブツブツ言っているみたいなんだ。

「都築。お前、俺なんかのために運命を手離したって言うのか…」

「はあ?オレの運命は手離していないぞ。オレの運命はお前だ。オレが手離したのは害にしかならないお前のなかの固定概念ってヤツさ」

 都築はニヤッと笑ってから、ちょっと疲れたとウトウトし始めたようだったけど、ハッと目を覚まして俺の頬にキスしてきた。

「次の発情期は?」

 少し必死な感じで聞いてくる都築の色素の薄い琥珀色の双眸を見つめて、それから俺は、不意に泣きたくなった。それは悲しいからとか寂しいからとか、もちろん虚しいからとかじゃなくて、心の奥底からじんわりと温かくなってそれが溢れて出てきた涙だった。

「都築…都築…」

 ああ、お前そんなにも俺のことを想ってくれていたのか。
 誰もが手離せなかった運命の絆を断ち切って。
 誰もが望んだ運命すら捨ててもいいほど、俺を想ってくれていたなんて…

「どうした?」

 真摯で一途で必死な…一種の狂気のような仄暗い闇のようなものを孕んだ色素の薄い琥珀の双眸を、屈託なく瞬かせて、都築は身体を寄せる俺の行動を酷く喜んで抱き締めてくる。

「都築、俺をお前にあげるよ。もうさ、別にお前が俺を好きじゃなくてもタイプじゃなくてもいいんだ」

 都築はムッとしたように眉根を寄せて何か言おうとしたけど、俺はそれを遮って、初めて自分から都築に口付けていた。

「俺をお前の番にしてください」

 都築は俺からの口付けを素直に喜んでいたけど、俺の台詞を聞くなりギョッとしたように目を見開いてから、それから呆然としたツラから奇妙な表情を浮かべていきなり笑い出した。

「は…はは、ははは!やった!やっとお前を手に入れられる。やっとお前全部、オレのモノだッ」

 まるで発狂したように高笑いして仰向くと、横になったままの俺の身体を子どもをあやすようにひょいっと両手で持ち上げて、それから視姦もどきでじっくり見つめてくると、嬉しすぎてにやけるのか、ニヤニヤしながら胸の中に閉じ込めてくれる。

「もうお前、何処にも行くなよ。運命の番なんか捜すんじゃねえぞ。発情期前は家から出るな。お前の場合は相手にΩを充てがえばいいって問題じゃないからな。オレと番う前に噛まれたら困る」

 噛んだαはぶっ殺してやるぐらいの勢いで言いながら、ホッとしている都築は俺を自分の胸に閉じ込めていることに安心しているようで、またうとうととし始めたけれど、徐にクワッと目を瞠って、どうして俺が運命の相手を捜そうと思っていたことを知っているんだろうと訝しげに眉を顰めている俺の顔を覗き込んできた。

「次の発情期は何時だ?」

 どうしてもそれが知りたいんだろう。
 都築は俺が中途半端なΩだと言うことを知らない。
 だから、本当は番えないかもしれない可能性があることも、知らない…

「俺、発情期が来たことがないんだ」

「なんだと?」

「未成熟なΩらしくて、俺、普通よりフェロモンも弱いし、発情期も来たことがないんだ」

「…なるほど、それで抑制剤をやめて誘発剤ね」

 都築の双眸が急に冷ややかになったから、ああ、もっと早く説明しておけばよかったと思った。
 運命の相手を手離させてしまったのに、今更、実は畸形のΩだったんですなんて知ったら、都築は落胆するに違いない。運命を受け入れておけばよかったって、絶対後悔しているに違いない。

「ご、ごめん。もっと早く言っておけば…」

「は?どうして謝るんだ??…発情期が来ないとなると、先生が言ったように抑制剤をやめて誘発剤と排卵薬を使うってことだろ」

 恐る恐る見上げた先で、浮かれていた都築は真摯な双眸をして俺の身体を気遣いつつも、発情期を誘発するには薬を使うしかないのかと眉根を寄せていた。  双眸が冷ややかになったのは、どうやら浮かれぽんちの自分に「落ち着け」と言って冷静になったからみたいだ。
 先生は都築にも、俺に言った事と同じことをアドバイスしていたようだ。
 Ωの場合、発情期を誘発するための誘発剤と、それとは別に排卵薬も使用することがある。それは別に妊娠を促すために用いるのではなく、身体を妊娠可能な状態に、子宮に排卵を促すことによって滞っていたフェロモンを分泌させる役目を持っているからだ。
 だから、俺みたいにこの年になってもまだ最初の発情期を迎えていないような未成熟なΩには、こうやって誘発剤と排卵薬を併用する処方箋が出ることは普通だったりする。
 でも、誘発剤も排卵薬も向き不向きと言うのがあって、中には酷い副作用があるものも多くて、どれがその人に合うかを手探りで探しながら進める、一般的には結構辛い治療方法だったりする。
 俺の家族は別に俺に発情期が来なくても、何時か本当に好きな人が現れた時に必然的に発情期もくるだろうから、気長に待っていればいいよと言って、そんな辛い治療は勧めなかった。
 来ないなら来ないほうが、俺には幸せだろうとも思っていたみたいだ。
 でも都築はそうは思っていないようだ。
 俺の顔をじっくりと見据えながら、ブツブツ何かよく判らないことを呟いていたけど、困惑に眉を寄せる俺を見て、吃驚するぐらい爽やかな表情をしてニッコリ笑ったんだ。

「まあ、安心しろよ。こんなこともあろうかと、お前には酷かもしれないが計画その2はちゃんと準備しているんだ」

「……計画その2?」

「ああ、できればこの手は使いたくなかったんだが…まあ、仕方ないさ」

 都築はそう言って俺の前髪を指先でちょんっと梳いて笑った。
 その笑顔は信頼し合う者同士のはずなのに、どうして、思わず我が身を抱き締めたくなるほど薄ら寒くなるような雰囲気なんだろう。
 計画その2ってなんなんだ?!
 都築財閥は一番初めにΩ用とα用の抑制剤を開発した製薬会社だとか、番システムやΩの受胎に関する研究をしている施設を幾つも抱えている…から、もしかしたら効果てきめんの強制誘発剤とか開発していたりして。
 何時か、あんまり発情しない俺に業を煮やして、通常なら錠剤であるはずの誘発剤を液体化して水に混ぜるとか…そんなことを企んでたんじゃないのかな。
 都築の、運命や魂すら煩わしいと思っていたその心の奥底の、計り知れない深い深いところから俺に向けるその執着心はいったいなんなんだろう。
 でももしかすると、都築がこれほど執着しているんだから俺が本当の魂の番だと言うのなら、都築が言うようにヤツは運命や魂をけして手離したつもりもなくて、今回の一連の出来事は全て本能に従って行動しているに過ぎないんじゃないだろうか。
 そこまで考えて俺は、心の何処かで期待していた『愛される』ってことが、本当の意味での本能だったのかと思ったら、運命の番を手離した都築には悪いんだけど、ちょっとだけ寂しいなと思ってしまった。

To be continue...


□拍手をありがとうございました!□
サクッと続編アップ(*´▽`*)ワーイ
side:αはどれほど都築が篠原くんに病んでいるかをお伝えするお話になっていまッスw
さてこのお話は『俺の友達が凄まじいヤンツンデレで困っている件』を読んでないとちょっと世界観が判らないかも…読んでもらってるを前提で書いてるので、説明不足の部分とかあるかと思います。ごめんなさい(´▽`;)

今回は後書き長い(*´▽`*;)
都築の執着は底なしで、篠原くんを手に入れるためには『運命の番』は物凄く目障りで鬱陶しい存在だったんです。αは何人も番を持つことができるけど、Ωは独りしか番を持てない、だからこそ篠原くんは一夫一婦制と言う古風な理想を持っているんすよね。本当は篠原くんこそ運命の番をとても大事に思っているんです。そんな篠原くん、いや氷空と書いてソラと読む都築の運命の番もだろうけど、みんなが度肝を抜かれた今回の都築の運命の番グッバイ作戦の全容は別の機会に書く予定ッス(*´▽`*)と言うのもこのお話、side:α、side:Ω、side:othersと言う3部構成で考えているので、グッバイ作戦の全容は一番最後のside:othersで書くので今回はサラーっと読み流しておいてくれると幸いでッス(*´▽`*)ウヘヘヘ
さて、今回でside:α編は完結でッス!都築の底知れない篠原くんへの執着の結果までがside:αだったので、次回からは篠原くん発情大作戦のside:Ωがスタートしまッスよw
まあ、でもΩとか言ってるけど、最終的には都築の執着のお話なので、またside:Ωでも都築は都築らしく暴れてくれる予定ですけどね。
篠原くん、ちゃんと幸せになってくれるだろうか…心配(´▽`*;)
本当は今回の運命の番グッバイ作戦後のお話はもっと書き込みたかったんだけど、書き込めば書き込むほど長くなる病が発症すると厄介なので、さらっと書いちゃって申し訳ないでッス(´△`)
でも、しつこくない内面どろりの変態が都築なので、side:Ωでは遺憾なく発揮してくれることだろうと期待w
このお話、表の篠原くんがあんまり都築のことを『気持ち悪い』って言って好きになってくれないんで、裏の篠原くんは都築のことをちゃんと好きで行動する子にしています(*´▽`*)デヘヘヘ
甘々書くの大好きマンなんで裏のお話書くのはちょっとした息抜きになってて楽しいッス。表も最近はちょっとだけ篠原くんが折れてくれてるので、書くの楽しくなってますけどね。
裏はコソコソうpなのでまたボチボチ書こうと思ってますので、読んでくれているヒトたちには大感謝www次回はまた暫くお待ちくだせい。
あ!それから、宿命の番のオメガバース設定は紫貴仕様になるので、読んでてアレ?って思うことあると思いますが、そこは紫貴仕様だって認識しておいてくだされ。
今回の紫貴仕様は『運命の番でも断ち切ることは可能』ってヤツですね。運命の番を断ち切るとどちらとも頭がおかしくなるって言うのがよく見かける設定ですけど、紫貴仕様では物理的に断ち切ることができるならOKって感じッス。
ただ、『できるなら』って前提で。
ここはたぶん、side:Ωで説明するので今回は端折りますけど、都築の尋常ならざる決意と弛まない努力が実を結んだ結果が運命の番グッバイ作戦なんスよねw
都築、すげー変態だな!ってside:Ωで判って貰えたら本望でッス(*´▽`*)ウハハハ
あと、もうひとつ紫貴仕様なんスけど、それは『番の解消ができるし、解消されたΩは新たな番を持つこともできる』ってところでッス。
あの、解消されたΩは狂ってダメになるって設定がメチャクチャ嫌いで、なんでもかんでもハッピーエンドにするんだマンの紫貴としては、救済がないと嫌なんですよねぇ…とは言え、この設定が活かされるチャンスは、ネタバレになっちゃうけどたぶんないと思いまッスw
何故なら、番ったαが望まない場合は解消できないってことでこの部分はΩの権利がないのが申し訳ない(´△`)
と言うのも、紫貴独自の番システムがあって、それはside:Ωでも説明するけど、簡単に説明すると下記の感じ。
■番のシステム
Ωの首周りにはフェロモンを発するための分泌液が通る管があり、特に項に集中している。αが唾液の中に持っている個人個人の特有の分泌液があって、それが噛み付くことで、その管の中に入り込んで混じることにより、そのαにしか反応しないフェロモンに変化する。
で、番解消のメカニズムが下記の感じ。
■番の解消方法
番解消を決意したαの唾液の中に特殊な成分が発生し、Ωの項部分にある管に噛みつきその成分を注入することにより解消される。
ってワケなので、αが番解消を望まない限りは解消できないって仕組みになっておりまッス。ただ、望まない番になった場合、襲ったαに強制的に番解消を促す薬を注入し、もう一度項を噛ませると言う法的施術があったりするんだぜw
なので考えたはいいモノの相手を溺愛しているαとの番解消はほぼ無理なので、この設定は活かされないかなって思ってる(*´▽`*)フヘヘヘ
因みに、一度番を解消すると二度と同じαとは番えないと言うシステムもあったりなかったりwwwだから解消するのはめちゃくちゃ悩むって設定w
そして、番解消薬の開発も都築財閥関連の製薬会社が行ったので、都築財閥大金持ちは表も裏も変わらないって言うね。たぶん、悪いこともいっぱいしてるよ、今回の都築だって悪党だったワケだしwww
ヘンなことばっか書いとりますが、楽しんで頂けたら幸い(*´▽`*)
またご感想など頂けたら心のビタミンになりまッス♪

この拍手のお礼小説は本当に拍手してくれた人にだけ読んでもらいたいのでブログとかでの周知なんかは一切しないです。更新はまちまちになると思うので、確認する際にちょこっと拍手してくれたら嬉しいなあw頻繁に更新はできないと思うので、1ヶ月に1回ぐらい拍手してくれると幸いでッス(´▽`;)ウハハハ
完結したら『novel』のヤンツンデレに番外編項目を作って追加する予定でッス!なので、まとめ読みは完結まで待っててくれれば嬉しいでッス!
こんなところまで気長に読んでくれて有難うでした〜(*´▽`*)ノ
ご感想など頂ければ書く励みになりまッスvvv

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あなたの拍手が次回作へのカンフル剤になりましたvvvありがとでした!